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  • 執筆者の写真里津子 中山

KYBクラブの誕生

更新日:2022年10月16日

『MEDICAL MAVERICKS』 Volume Three、2005より


金子博士がKYB クラブを創設したのは1984年である。当時の日本の近代医療に大きな谷間が存在することを知り、 それを何とかして補いたいと考えたことがその動機であった。金子博士は、当時一般の日本人は人体の基礎的メカニズムを知らず、どのように健康を維持すればよいか、 またどのように病気に対処すればよいかといった知識が欠けていることに着目し、これを重大な問題であるとみていた。 さらに、国民のほとんどは自国の医療システムがどのように運営されているのか理解していないような状況だった。こうした問題を打開するために、人々を教育する必要性を痛感し、彼は一般の人を対象とする勉強会を開いた。 これが後のKYB クラブである。


(ヒュー・D・リオールダン 編著、分子栄養学研究所 訳:メディカル・マーベリックス ー分子整合栄養医学のパイオニアたちの肖像ー、2005、p.147より)


※マーベリックMaverickとは、 アメリカ人開拓者サミュエル・マーベリック Samuel A. Maverick の名前に由来する言葉である。 当時、牛に焼印を押すのが当たり前だったにもかかわらず、彼は自分が飼っていた牛に焼印を押すことを拒んだ。 初めは「焼印のない動物」という意味で使われていた 「マーベリック」という言葉はやがて、「時代の風潮に流されず自分の信念を貫く、独立心の強い人(異端児)」をも意味するようになった。


目の前に続くその道を進んではならない。

それよりも、道なき原野を進め。

そして、 足跡を残すのだ。

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